「ブス」と言われるとなぜ傷つくのか

ブス。

 

この言葉を聞くだけで嫌な気分になる私は、自分がブスであると自覚しているからなのか、それともこの言葉の持つ影響力に傷ついているのか。

 

最近、美容にはまっている。もともとは、バイトの友達に「和顔だね」「韓国人っぽい顔だね」と言われたことがきっかけだった。

 

私は一重まぶたで、鼻も小さく低い、唇は普通。自分でも韓国人っぽい顔立ちだなと、ふと思うことはあった。人によっては「韓国人っぽい」と言われると悪口だと思う人もいると思うけど。

 

日本の女性ファッション誌や、芸能人には一重まぶたの人は少ない。ネット上でも一重だとされている芸能人は、だいたい奥二重だった。

 

写真を撮れば、目がなくなる。目つきが悪く見える。

 

日本では、一重まぶたは排除されている。(ように感じる)

まぶたにノリをつけてプラスチックの器具で無理やり二重にする「アイプチ」は未だに売れているし、ファッション誌のメイク特集では、完全な一重まぶたのモデルは使われることがない。(奥二重のモデルが一重まぶたの代わり、というのが多々ある)

 

私もアイプチをしてみたことがあるが、外した後にまぶたが伸びてしまう感覚があって、余計目が小さく見えてしまった。そして、その伸びたまぶたによって、薄くなったまぶたの皮膚に微妙なしわができたので断念した。

 

友達にも意外に一重まぶたの子が多い。中学からの唯一の一重まぶた友達(と勝手に思っている)は高校に入ってアイプチを毎日して二重まぶたに(強制的に)なった。どっちの彼女も好きだけど、異様に大きくなった彼女の目を見て、なんとも悲しくなる時もあった。

 

まぶたの話が長くなってしまった。

 

韓国の人は一重の人も多いし、その切れ長の目をメイクで隠すのではなく引き立たせている。韓国の女性のメイクを参考にしたらいいんじゃないか?自分のパーツを修正するんじゃなくて、生かしていけばいいんじゃないか?と考えた。

 

そこから韓国人YouTuberの人のメイク動画を見まくったり、ネットで検索してアイプチをせずに一重まぶたを大きく見せる方法を探した。

 

探していくうちに、韓国人のきれいな肌にも目を奪われた。白くてすべすべな肌。

 

私の肌は、ニキビができやすかったし、赤みもあるから好きじゃなかった。そして新大久保で店員のおばちゃんに勧められた1枚1000円もする高級パックを買った。(これはとても効果があったから良き)

 

最近では、韓国人女性のタイトで体のラインが分かるファッションが気になってきた。タイトなスカート、スキニー。きっと韓国通販を利用して服を買ってしまうと思う。

 

 

わたし自身、容姿を褒められたことがない。完全に薄顔だし、主張してくるパーツもない。顔のつくりだけで、美人や可愛いとは言われたことがないし、どちらかというと仏顔をしている。(らしい)

 

面と向かって「ブス」とは言われたことないけど、高校の時に、

男「(私)さんって、おもしろくて、頭良くて、優しくて性格いいなんて…!」

と言われたことがあったけど、顔に触れてない時点で「あ、私はやっぱり可愛いわけではないんだな」と少し落ち込んだときはあった。

 

前までは自分の容姿が好きじゃなくて、というか全体的に自分が嫌いで自己肯定感がどん底だったけど、大学に入ってからは自虐ネタをあえて言おうと思わないくらいには自己肯定感がある。

 

自分の顔も好きだ。ギョロっとした目ではないし、鼻は小さく収まっていて主張しない。顔が主張しないから柄物の服が映える。たぶん、目も大きいぱっちり二重で、鼻が西洋人並みに高くて、唇が三面妖怪ダダ並みに分厚かったら、小花柄のワンピースはに合わなかったと思う。

 

西洋人みたいなはっきりした顔立ちの人は、シンプルな服が似合うと思う。顔が主張している分、服まで柄物で主張させると重たい。逆にアジア人系の顔が主張しないタイプの人は服に柄物をもってくると調和すると個人的に思う。シンプルな服だと埋もれてしまう感じ。

 

顔が主張しない分、メイクの可能性は無限大に広がると思う。作ろうと思えば二重にだってできる。それだけで印象は変わるし、一重のメイク、二重のメイクの両方を楽しめる。

 

可能性はいくらでもある顔だ。誰かがブスと言おうとも、自分はこの顔が好き。メイクもおしゃれも楽しいし変化が分かるから好き。それでよかった。

 

 

 

今日、何のきっかけか忘れたけれど、「ブス」と検索をかけた。

 

ネット上にはいろいろな人の意見が書かれている。「ブスでも美人になれる」「ブスでも雰囲気が良ければ良い」という意見もあれば、「ブスは鏡見ろ」「ブスは人として扱われない」などという、文字を打つのも嫌になるような意見もある。

 

その場にいない人を「ブスのくせに」と罵る人たちの顔つきをたくさん見てきた。「ブス」と言われて自信を無くし、自分を責め、落ち込む人の顔もたくさん見た。

 

「ブス」と言う人間の顔は醜い。悪口を共有する楽しさと、相手に対する劣等感や嫉妬のまじった顔。ときに恐怖を感じる。

 

「ブス」と言われた人の顔はなんとも儚い。笑ってごまかす人の顔には悲しさが滲み出ている。受け止めすぎる人の顔には、もう自分という存在自体を否定し、価値がないと絶望しているようであった。

 

 

「ブス」という言葉一言が与える影響は大きい。

 

 

なぜ、「ブス」と言われると傷つくのだろう。

 

 

順調に自己肯定感を高めていた私も、「ブス」に関する記事を読むうちにだんだん自己肯定感を奪われていく感じがした。

 

主に「ブス」という言葉には「容姿が美しくない人」という意味で使われる。どちらかというと女性に対して使われることが多いと思う。

 

性格が悪ければ「性格ブス」

主に容姿の美しくない男性は「ブサメン」

「ブス」で検索 ヒット約25,900,000件

 

 

差別感情の哲学 (講談社学術文庫)

差別感情の哲学 (講談社学術文庫)

 

 

差別に関するレポートを書いた時に、参考文献として読んだ本。この本にその答えが書いてあった。正確な内容は忘れてしまったのだけど、

 

容姿が整っていない人を、「醜い人」と表現せずに「ブス」と表現するとなぜ傷つくのか。それは「醜い人」というのは容姿だけを指しているのに対して、「ブス」という表現は「その人自身」を指し、しかもそこにはたっぷりと悪意が込められているからである。

 

こんな内容だったと思う。腑に落ちた。

 

だから「ブス」と言われると容姿だけではなく自分の存在すら否定された感覚になるんだと。そして、化粧やファッション、外見を磨くことで得られる自己肯定感は大きいけれど、その背景には「もっと綺麗でないといけない」「もっと美しくなければ人として扱われない」といった感情や現実的な問題がある。

 

「死ね」も存在否定の言葉だけれど、「死ね」だけでなく、「ブス」という言葉にも、相手の存在を否定する強力な力がある。

 

「死ね」までは言わなくても、私たちは気軽に「死ね」と同じくらい強力な言葉を、日常的に軽々しく使ってしまう。

 

人は劣等感をもつし、嫉妬もする。だからといって、「ブス」という言葉を相手に言っていい理由にはならないと思う。自分が言われて嫌なことは言わないし別に私は言われても傷つかないからって人もいるかもしれないけれど、言われて傷つく人間がいることをちゃんと知っておかなきゃいけない。

 

こういう言葉を口に出しそうなときは、一度自分の中にとどめ、なぜそう思ったのか、言うことによってどうなるのかを意識していかなければと思った。