人間環境がすべてかもしれない、結局人に優しくされたい

卒業旅行の飛行機で『JOKER』という映画と、帰国してから世間で話題の『パラサイト』を見たんですが、この二つの作品で特に感じたのが人間は環境がすべてなのかなってことです。

 

『JOKER』では主人公のピエロの道化師のおじさんに次々と不幸が訪れます。暴行されたり、馬鹿にされたり、仕事を失ったり。もともとコメディアンになりたい人で、母の面倒を見ている優しい人間だったのですが、コメディアンとして自分がテレビに出たと思ったら笑のネタにされているだけだったり。そんなことが起こり過ぎて自分に不都合な人間を容赦なく殺していって結局人を殺すことが本人にとって面白いと感じてしまってました。

 

で、このピエロが映画中に「僕は優しくされたかっただけなのに!!」みたいなことを言うんですよ。人を殺したときに。人を殺すのはダメだけど、こんなに馬鹿にされて不幸なことが起こり続けるピエロを見ているとなんだか複雑な気持ちになる。いろいろ辛いことあったねって。

 

本当に辛くてどうしようもない時って、ただただ優しい言葉が欲しいだけなんだよね。解決策なんていらないのさ。

 

話は変わって『パラサイト』は格差社会の話で、内容はカットしますけど『JOKER』と似ているのが金持ち側と貧乏側が登場すること。社会の中でこの格差が生まれているんだけど、お金があるとどのような人間になるのか、お金がない人は?急にお金を持ち始めたら?。。。

 

 

どっちの映画も終わった後は暗い気持ちになります。一人で見るほうが良い。めっちゃ考えさせられる。

 

社会のどうしようもない状況に対して、文句言いながら貧しいけど身の丈の範囲で苦しく暮らす人、そういう状況下の人たちには目もくれず快適な生活のために利用して生きる人、相手を騙したり殺したりしてでも自分が望む生き方をする人(金持ちになる、自由に生きるなど)。

 

おかれた環境で人の生き方って決定づけられているのかな。幸せに暮らしたい、もっといい暮らしをしたいという思いで必死に人生頑張るんだけど(それが生きる意味なのかな)、どうしようもない現実(格差、不幸、誘惑)に直面すると人間は頑張ることをやめてしまうんだな。

 

 

私は就活していたときにそれをすごく感じた。働かないで自由に暮らしたいわけじゃないのに面接は落ちるし心無いことを言われるしで。結局は受験の時から人の進路や就職先、人生って決まってしまっているんじゃないか。必死に頑張っても意味がないんだ。ニコニコしている面接官は容赦なく落とすし、何を信じればいいんだろう。みたいな感じだった。『JOKER』の彼が言った「優しくされたかっただけなのに!!」は就活中だった自分に響いた。(時差)就活テクニックとかアドバイスなんていらなくて、ただただ優しさにふれたかった。なつかし。

 

 

就活関連で思うんだけど、このブログ界隈でも「新卒フリーランス!」「バイトなんて無駄!ブログで稼ごう!」「大学は無駄、思考停止のままいるなら起業したほうが良い」とかってまだ言ってます?私が大学一年生のころにそういう風潮があって、まあ今もあるのかなと思うんですけど、私もそっち側の思考でした。ブログ始めたきっかけもバイトしたくなかったからだし、大学行く意味も分からなかったし。でも卒業が近くなって、就職するってなったときに考えが変わった。

 

「死んだ目のサラリーマンになりたくない」

→ここには軽蔑的な感情があるけど、例えば目の前にそういうサラリーマンがいたとしたら本人に言えるのか?死んだ目をしてる人間はむしろ会社で頑張って戦っていたのでは?

 

「飲食とか接客は絶対やりたくない」

→実際に経験して感じたことなのか?中にはそういう職業の人を見下す人もいるけど、普段そういう人たちが提供してくれるサービスを受け取っていることを認識しているか??例えば休みの日に旅行に行ってお店でおいしいごはんが食べられるのも、快適に宿泊できるのも人が休んでいるときに働いてくれる人がいるからであって、サービスを受け取っているのに見下すのは違うんじゃないか?

 

「バイトは時間を金に換えているだけ、無駄」

→お金だけの手段だととらえるとそうなるね。バイトでモノの流れを知るとか、人間関係をどうやって構築していくか、どうすれば信頼される人になれるか、やばい人への対処法などなど学ぼうと思えば多くのことを学べると思うから無駄ではないと思う。

 

「レールに引かれた人生は嫌だ!」

→結局のところ、引かれたレールにのった人生というのは最低限の普通の人生が(一応)保証されているのかなと思う。絶対とは言えないけどさ。普通ってのは説明が難しいし1つに決められないけど、安定的な収入が見込めてご飯が食べられて、たまに旅行やレジャーに行けて眠れる場所があることかな?そういう生活を続けていくなら簡単にクビになる立場よりは正社員の方が良いわけで、高卒よりも大卒のほうが給料が良いわけで。betterだってだけかな。条件的にbetterなんだと思う。中学→高校→大学→正社員ってレールにのることで最低限普通の生活ができる土台は整っているんだと思う。これも社会情勢とか経営、時代によって変わっていくんだろうけど。ブログで稼ぐ生き方が合っていた、サラリーマンが合っていた、フリーランスが合っていた。いろいろなパターンがあると思うの。。。レールに引かれるって悪いことじゃないのかも。。。言語化が難しいな。

 

 

 

 

別にブログで稼ぐのはいいと思うし、個人の考えは様々で良いんですけど、何かとサラリーマンを思考停止と決めつけて貶して自分の優位性を上げようとする人がたくさんいたな~とおもった。今はどうなんでしょうか?情報教材とかnoteとか結構活発ですよね。

 

 

 

 

 

話の方向性がブレブレですけど、最近こんなことばかり考えています。とりあえず一人暮らしするんで引っ越し準備とか書類整理したり、ゼミのお仕事とかバイトもまだやってるんでかなり忙しいんですけど頭の中は暇みたいです。他にも、香港の人に書いたお手紙が香港郵便局に保管されていてどうなるんだろうとか、今年は誕生日仕事かもしれないし一人だからどうしようかな、豪華な料理注文してプレゼントとお花も用意して盛大に一人誕生日しようかなとか。あ、車も買うかリースしなきゃだな。やること多いな。。。

 

 

また落ち着いたら更新しますので~~ではでは